磯子高校の森

神奈川県立磯子高等学校にある小さな森を残していきたい。磯子高校の記念としても。

緑地とは何か

今回は法律上の理解をしてみたいと思います。

都市緑地法という法律があります。

条文だけではわかりづらいので、「都市緑地法運用指針」(国土交通省都市局)を見てみました。

「都市緑地法における緑地の定義」というところに、次のようにあります。

都市緑地法(以下「法」という。)第3条第1項において、法における「緑地」の定義を「樹林地、草地、水辺地、岩石地若しくはその状況がこれらに類する土地が、単独で若しくは一体となって、又はこれらと隣接している土地が、これらと一体となって、良好な自然的環境を形成しているもの」と定義しているが、その考え方は次による。なお、これらの定義は平成16年法改正前の都市緑地保全法第2条の2で規定されていた緑地の定義と何ら変わるものではない。

ⅰ 「樹林地」とは、当該土地の大部分について樹木が生育している一団の土地であり、樹林には竹林も含まれるものである。

ⅱ 「草地」とは、当該土地の大部分が草で被われている土地であり、ゴルフ場のような人工草地も含まれる。なお、農地は原則として含まれない。

ⅲ 「水辺地」とは、池沼、河川、海、湖等の水面を含むそれらの周辺地域である。

ⅳ 「岩石地」とは、当該土地の大部分が岩石で被われている土地又は岩石が風化して角礫を多く含んだ状態の土地をいい、具体的には、海浜の岩礁地、溶岩台地等をいう。

ⅴ 「その状況がこれらに類する土地」とは、樹林地、草地、水辺地、岩石地には該当しないが、その景観、立地状況等がこれらに類似しているものであり、具体的には、樹林地に類するものとして屋敷林、庭園、街道の並木等、水辺地に類するものとして湿地帯等、岩石地に類するものとして砂丘地等をいう。なお、農地は原則として含まれない。

ⅵ 「これらに隣接している土地」は、樹林地、草地、水辺地、岩石地等の土地と一体となって良好な自然的環境を形成している土地の範囲をいい、それぞれの地域の土地の状況等を勘案してその範囲が決定される。なお、この隣接地には、緑地に介在する農地も含まれ得る。

とあります。

この中で意外なのは、農地は原則として含まれないということでしょうか。また、水面、岩礁、溶岩台地、砂丘など、植物が生えていない場所も「緑地」としていることです。

以下にあるように、基本計画の対象となる緑地には、農地が例外的に含まれる場合はあっても、原則として農地は含まれないというわけです。基本計画とは、「地域の実情を十分に勘案するとともに、施設の管理者や住民等の協力を得つつ、官民一体となって緑地の保全及び緑化の推進に関する施策や取組を総合的に展開することを目的として、住民に最も身近な地方公共団体である市町村」の「総合的な都市における緑に関するマスタープラン」のことです。

基本計画が対象としている緑地は、都市において「樹林地、草地、水辺地、岩石地若しくはその状況がこれらに類する土地が単独で、若しくは一体となって、又はこれらが隣接している土地がこれらと一体となって良好な自然環境を形成しているもの」であることから、基本計画においては、法に規定されている各種制度のみならず風致地区生産緑地地区、保存樹・保存樹林等都市における緑地の保全に資する施策を広く展開することが望ましい。

なお、基本計画の対象となる緑地には、緑地保全地域及び特別緑地保全地区に含まれる介在農地や生産緑地地区に指定されている農地、市民農園等、良好な都市環境の形成を図る施策(都市環境形成施策)に係る農地が例外的に含まれる場合があるが、原則として農地は含まれない。また、法第4条に規定する基本計画の対象となる緑地の保全及び緑化の推進に関する措置は、都市環境形成施策を除いて、農地法(昭和27年法律第229号)第2条第1項に規定する農地又は採草放牧地を対象としていない。

今回、法律を引っ張り出してきた理由は、以前触れた「緑被率」の割り出しに使われる「緑」には少なくとも、農地や採草放牧地も含まれている点が違っている、そして直接、植物の生えていない水面などが「緑」として計算される点を、まずは指摘しておきたかったからです。

極相林と雑木林

横浜において、時の流れに任せて植物の移り変わりを見守っていくと、自然な植生としてはシイやカシが優占する照葉樹林帯となっていく場所です。この状態を極相(クライマックス)といい、森林はほぼ安定的な時期に入り、通常はそれらの植物の集団として持続していくと見られています。

神奈川県東部にある緑地のうち、おもに樹木からなる緑地を考えてみます。かなり面積の広い規模の大きい所は除きます。面積でいえば1ha以下の小規模な緑地について考えてみましょう。

点在する小規模な樹林地のあり方として、なるべく極相に近い形とするのがいいのか、それともかつて人の手が入っていた二次的な自然として、雑木林のような二次林を再生・維持する形とするのがいいのでしょうか。

私の結論は後者です。

ですので、「磯子高校の森」もその形が適していると考えています。

なぜなら、神奈川県東部に点在する小さな緑地を極相状態にしてしまうと、締め出されてしまう生きものが多くなります。それらの生きものの行き場がありません。結果、死滅します。現在、残ってきているものは別として、これから手を施し、維持・存続させていくのなら、二次林であるべきです。そしてなるべくとびとびでも、生きものの移動できる可能性を考慮した残し方が必要でしょう。

横浜市は丘陵地からなっています。一番高い所でも150m台です。大平山(おおひらやま)の尾根に159.4mの部分があり、大丸山(おおまるやま)が156.8m、その次が円海山(えんかいざん)153.3mです。

磯子高校がある丘も、円海山系の北に位置しています。三浦半島を南北に連なる三浦丘陵の北端にあります。三浦丘陵は北に向けて、多摩丘陵と地形的につながっています。かつての様子を航空写真で見ますと、ちょうどこの地形のつながりと緑地部分などがイルカの姿のように見えました。『多摩・三浦丘陵群』と呼ばれる丘陵と台地をあわせたものです。左横向きで、高尾山や八王子方面からイルカのくちばしや頭、川崎市川崎区辺りが背びれ、三浦半島が腹部や尾になぞることができます。1995年6月に「いるか丘陵」の愛称が誕生したと、NPO法人鶴見川流域ネットワーキングのホームページに書かれています。

先ほどかつての様子と言いましたが、残念ながら現在の画像を見ても、今一つピンときません。それだけ開発が続き進んでいるわけです。しかし、このエリアで自然の保全活動をしている人たちは多いのです。

磯子高校の森は小さいながら、イルカの肉体の一部を構成している細胞群です。イルカを蘇生させるために欠かせないと考えています。

緑とはやっかいなもの

横浜市のアンケートでも、緑は大切と考える人が極めて多いことがわかりましたが、実際のところ住宅街においては、時にやっかいものとして扱われていきます。小さい木のうちは誰もさして気にしなかったのが、大きくなって手のつけようがなくなってくると、話は違います。枝を落とすこともままならず、電線にかかっていたりすると台風などの時が心配になり、また落葉樹に限らず常緑樹も葉を更新していきますから、落ち葉の始末もたいへんになってくるからです。

巨木として、観光的な人寄せのできる地位を得れば別でしょうが、民家などに生育する高くなる木は、住宅事情で後から周りに家が建ったとしても、苦情を言われたりしてしまうことが出てくるように思われます。遠くにある分には構わないが、隣近所となるとやはり話は変わります(人が見物に来るようになればなったで、また別の問題が出てきそうです)。

立木(たちぎ)の剪定が迫られた場合、人手が要り、そしてお金がかかります。どこから人が来て、誰が費用を負担してくれるのか。そのようなことは木の所有者が考えて実行すればよい、それはそのとおりです。

しかし、そのとおりに行かない、あるいはそうなりにくい場合を考えていくことが今後の緑のあり方にとって大事な一つと思えるのです。

自然災害による被害が出れば、電線なら電力会社、公道をふさげば管理する公的部署が復旧を行います。

聞いた話では、電力会社も被害が発生しそうな箇所は、こちらからお願いすると剪定してくれるそうですが、それは樹形を整えるためではないので、剪定したい箇所が他にあっても、してはくれないとのことでした。お願いをしなくても被害が発生しそうな場合にはあちらから言ってきてくれるのです。しかし、電線の周囲を確保するためのもので、剪定範囲はたいして広くはないそうです。電話線についても同様でしょう。

先ほど、所有者が考えて実行すればよいが、そのとおりに行かない、あるいはそうなりにくい場合を考えていくことが今後の緑のあり方にとって大事な一つと言いました。

具体的には、最近ある場所で、所有者のいない木があることを知りました。大きな木です。街路樹かと思っていましたが、違うと教えてもらいました。土地は公有地だが、植えたことはない、だから剪定も伐採もしない、そんなお金はない、ということのようです。法的にその言い分が通るのかわかりませんが、その木はもう何十年もそこに生えている、立派な木です。枝ぶりを生かしているのかなと思っていました。しかし、事情はまったく違っていたのです。

一方、緑地を所有される方が維持費や税金などの点で、緑地を維持したいが難しくなっている例も十分考えられます。

人手・諸経費、これはじつに悩ましい問題です。この問題はこれからの緑地を維持していくうえで避けられない大きな課題です。やっかいなことです。

しかし、じつはもともと緑とはやっかいなものであり、人の思うようにはいかないのではないでしょうか。緑に限らず、人の思うようにはいかない、それが生きものである、と認識し直していかなければと考えるのです。人のために他の生きものは生きているわけではありません。どなたかが言われていましたが、何の倫理的ルールもない生物の世界で、バランスを保つ働きを見せているのが今の生態系なのでしょう。

人の思うようにはいかないが、それを踏まえて、街中に人以外の生きものが多く棲める環境づくりが必要です。

所有者が管理することを基本として、これからは誰かの所有だからその人がやるだろう、やらなければ誰かが何とかしてくれと言う以外に、地域の環境として考え、どうしていこうかと行動していくのが大切でしょう。当然、自治体は何らかの協力をすべきです。

地域に点在する小さな緑地や立木を維持していく場合に、少し手を貸すだけで違ってくると思います。実際に先ほどの所有者のいない「大きな木」も、面倒を見ておられる方がいるのです。

生きものはやっかいなものである――。ですから、人が関わっていく必要があります。人も生きもの、かけがえのない大切な存在であり、かつ見方によってはたいへんやっかいな生きものといえるわけです。その人という生きものにとって欠かせない緑を、人の思惑だけで管理下に置こうとするには無理があります。それを承知していくのが、これからの街づくりにおいては不可欠であり、むしろ積極的に視野に入れなければならない点だと考えます。

コシアカツバメ

磯子高校には現在、コシアカツバメの巣が1つあります。 次の写真がそれです。

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(2016年3月5日撮影)

コシアカツバメがいつから磯子高校に営巣し始めたのかはわかりませんが、少なくとも今年また、番(つがい)がやってくれば3年目になります。

一昨年、昨年と育雛(いくすう)と巣立ちを観察しています。残念ながら、何羽巣立ったかははっきりしません。

巣の外での動きが速いのと、写真を撮ろうとすると警戒心から親も雛も巣の中に引っ込んでしまうため、親子とも姿を写真に収めることができませんでした。コンパクトデジタルカメラで、コシアカツバメを被写体とするのはあきらめて、巣から出掛けていく飛跡と戻って来た時の姿を眼に焼き付けることにしました。

からだの模様や色の確認はできました。巣の形も独特なので、コシアカツバメと見做(みな)しましたが、同定には不十分ということでしたら、ご指摘いただけるとありがたいです。

コシアカツバメの親が向かっていく先の一つが「磯子高校の森」の少し開けた場所でした。そこは餌場となっていたのです。昨年の観察では、何往復もしていました。 巣からの距離はおよそ100mです。

(余談ですが、今回の写真は今年購入したデジタル一眼レフで撮ってみたものです)

かけがえのないとは

横浜市環境創造局のサイトには、「かけがえのない環境を未来へ」とあります。

かけがえのないとは、代わりになるものがない、このうえなく大切な、ということ。

そのことに神奈川県も、異議はないはずです。

今、中学3年生は卒業の春を控えています。そのみなさんは、光合成によって支えられる陸上の生態系が、「緑」を基としていることをよく知っています。食物連鎖における植物の立場が「生産者」であることも。生物の多様性ということばも、耳にしているのではないでしょうか。

「かけがえのない環境」とは何でしょうか。

一度失ったら、あとで代わりになるものがないといえるものが、昔からの地形・地層を伴った、ほとんど改変されていない表土をもつ緑の集団をおいて、他にあるでしょうか。

⦅まさか臨海部があるとか出てきませんよね。横浜市の海岸線でほぼ自然状態が残っているのは、たった500mくらいといわれていますから。(川崎市は0mですね)⦆

少なくとも、学校の敷地からそうした「緑」、「地盤」、「生態系」が失われていくのだとしたら、教科書の文言など、本当にただの無味乾燥な役に立たない建前に終わります。文科省環境省もそんなふうには思っていないはずです。

ここで語っているのは、具体的には神奈川県の県立高校の話です。自治体が未来へ繋げなければ、どこもやらないということになります。

「緑」の大切さ

一般的に、県民・市民のみなさんは「緑」をどのように意識しているのでしょうか。

横浜市は2012(平成24)年7月に、市民3000人を対象に「横浜の緑に関する市民意識調査」(回収率39.1%)を実施しています。

その中に、『樹林地や山林、農地、公園や街路樹、植え込みなど、横浜の「緑」の大切さについて、あなたはどのようにお考えですか』との質問があります。

それに対して、「とても大切なものだと思う」「大切なものだと思う」と回答した人が、約98%となっています。「大切だとは全く思わない」と回答した人は、0%(0人)です。

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横浜市環境創造局政策調整部政策課(みどり) - 2012年7月5日 作成 - 2012年9月18日 更新、となっているものから。

たいへん多くの人たちが、「緑」の大切さを意識していることが改めてわかるデータです。

神奈川県・横浜市へのお願いです

横浜市の緑被率(樹林地)は17.0%であることを前回触れました。では、磯子区の緑被率26.9%のうち、樹林地はどれくらいでしょうか。

2014(平成26)年度の磯子区の面積が1901ha、樹林地は368haと公表されています。ですので、磯子区の樹林地19.4%ですね。

さて、この樹林地の中で、表土の改変がほとんど行われず、現在に引き継がれているのはどれくらいなのでしょうか。このデータがあれば、どなたか教えていただけるといいんですが。

注目すべき点とは、ここなのです。19.4%のうち、どれくらいなのか……。

表土の保たれた樹林地は今後、減りはしても増えることはありません。表土層は今後、守るべき対象です。その中の目に見えない微生物を始め、そこに生息する生きものを丸ごと未来の世代に引き継いでいく、それはとても大切なことと考えます。その丸ごとの生態系を表すのに、表土の改変のほとんどない樹林地に注目しているのです。特に、今ではとびとび点在する小規模な緑地の行く末を案じてのことです。その一つが「磯子高校の森」なのです。

改変のない表土層に、なぜそんなにこだわるのかと首をかしげる方がいると思います。

一例をあげます。 土壌中の細菌から新薬の開発研究がされる、そういう細菌を探されている人たちがいます。

また、何かの本で次のような話が出ていました。京都大学のキノコを専門にする先生で、吉田山の小道にコンクリートを流すことに反対される方がいました。キノコなどの菌類は、ふだん過ごしている姿(本体)が「菌糸」といって、土壌中を伸びていきます。通常、人の目に触れません。それが分断されるというのです。そのキノコの気持ちがわかるかと訴えられていたそうです。

磯子高校の小さな森の表土層にも、過去からの生きた遺産として脈々と続いているのは、まちがいありません。

現在、世界に細菌は100万種以上いると予測され、そのうち人に知られているのは、数千から1万種に過ぎません。未来の人たちが探索・活用できるためにも、これらの生息地を残していく必要があるのではないでしょうか。

ここで強調したい理由は、都市部の緑の状況です。上空からの写真を見ると、だんだんと人が緑を囲み、閉じ込めている、そうした印象を受けます。もはやそこから植物が自ら分布を広げていくことは絶望的といえるほどになってきました。そして何より、緑が姿を消していくことがまだまだ続きそうです。もともとある緑を表土層ごと消滅させ、代替として新たに緑化を推進するというのは、もはや時代錯誤であり、緑地としての価値を損ねています。 神奈川県・横浜市には先見の明を期待します。

引き続き、このブログでは緑の大切さを取り上げていくつもりですが、ここでお願いです

神奈川県・横浜市は、所有している緑地を手放すことなく、上記のような表土層を基盤とする緑の維持・存続を図ってください。

それらは樹林地に限ったことではありませんが、当ブログでは、磯子高校にある樹林地の中に、それに該当する部分が含まれているため、話を絞っています。辛うじて残され、生き延びてきた生きものたちの住みかを、ざっくり切り崩すようなことは避けてください。